30/07/2026
熊本の地震による大きな被害に接し、言葉を失う思いでいます。被災された皆様、またご家族や関係者の方々に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い安全の確保と救助活動が進むことを、ただただ祈っております。
泥の中の亀
あるとき、楚の国の王様が、哲学者の荘子の噂を聞きつけました。王は国を揺るがすほどの高い地位と莫大な給金を用意し、「ぜひ我が国の政治を任せたい」と、使者に贈り物を持たせて迎えに向かわせました。
その時、荘子はのんびりと川べりに座り、釣糸を垂れていました。
使者は丁重に王の意向を伝えました。しかし荘子は、釣竿を持ったまま振り返りもしません。そして、しばらくしてから、ぽつりとこう言いました。
「楚の国には、一匹の神聖な亀がいるそうだな。死んでからすでに三千年が経ち、王様の手で大切に箱に収められ、布をかけられてお寺の祭壇の奥底に祀られているそうだ。
さて、その亀に聞いてみたいものだ。お前は、死んで人々に崇められるのと、今こうして泥の中を這いずり回り、自分の尻尾を元気に振って生きているのと、どちらが幸せかね?」
使者は戸惑いながらも、「死んで神様扱いされるより、泥の中であっても生きていた方がいいに決まっています」と答えました。
それを聞いた荘子は、笑って言いました。
「お帰りなさい。私も、泥の中で尻尾を振って生きていたいのだよ」
現代に生きるものも、知らず知らずに「神棚の亀」を目指しているフシがあります。世間の目がどう評価するか。どれだけのステータスを手に入れたか。人より上のポジションにいるか。立派な肩書に収まり、誰からも褒められる存在になることこそが「成功」だと考えられてきました。いまその姿を、某県議会の騒動が如実に映し出しているようにも思います。
他人の視線や世間の物差しという立派な神棚の正体が露見していますね。誰かに見せるための窮屈な祭壇の上で干からびていくより、泥まみれでも、自分の足で立ち、尻尾を元気に振って生きるほうが、人間らしくて誇らしいものです。
陶彩画「玄武」
作品の詳細はこちら:https://kusaba-kazuhisa.com/works/2024093/
■陶彩画家 草場一壽
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